周知のとおり大学史研究は1960年代に本格化し、大学史研究を含む大学・高等教育研究は1つの学問領域として「一応」制度化した。他方で大学沿革史の編纂も1980年代に本格化し、紀要・資料集・通史の刊行によって沿革史の質的充実が顕著となった。さらには関係者の努力により、大学アーカイヴズの充実も図られる傾向にある。
このように互いに「発展」した大学史研究と大学沿革史であるが、現状、両者の間で十分な交流がなされているかというと、疑問符がつくのではないだろうか。例えば近年の大学史研究の研究成果において、沿革史研究の豊かな知見はどれほど反映されているのだろうか。他方で不可避ではあるものの沿革史研究は「自校史を紡ぐ」ことに注力するあまり、個別具体的な「内部向け」の記述に偏ることはないだろうか。また日本の大学史研究・大学沿革史はともに、学問領域に関する研究・記述(学術史)が乏しいことはよく指摘されている。それが理由かはさておき、大学史が教育史の枠組みを超えて、歴史学一般に位置付けられることも期待できない状況にある。より大きなことを言えば、知の創出を役割とする大学の歴史は、人文・社会・自然といった枠組みを超えた学問の総合史として、大学人はもちろん、社会に受け入れられてよいのではないか。本来、大学沿革史と大学史研究は、豊かな相互交流を図ることで、優れた成果を社会に発信していく役割が課せられているはずである。大学に対する社会的関心が集まる現状において、大学沿革史や大学史研究に従事する者はこれを好機ととらえ、長期的展望を模索することが求められていると言えよう。
そこで今年度の大学史研究セミナーでは、「大学沿革史と大学史研究:学問領域としての発展に向けて」として、とくに大学沿革史の観点から、その編纂の現状や歴史記述のあり方、大学史研究との接点について検討する機会にしたい。そして総合討論では両者の立場から、学問領域としての「大学史」の発展に向けて、地に足をつけつつも未来志向の議論を行いたいと考える。
セミナー担当:戸村 理: